造船技師伊吹真五と立子の間には一年七ヵ月のひとり息子鷹士があり、家庭は一見したところ幸福そうに見えた。だが鷹士は人工受精によって生れた子供で、それが夫婦の間を微妙なものにしていた。この家には、真五の友人の医師で、人工授精の施術者だった藤木田と、かつてその弟子だった坂口と妻のシナが出入りしていたが、真五は当時、貧しい医学生だった坂口が精子の提供者なのを知っていながら交友関係を結んでいたのだった。ある日、鷹士がいなくなった。帰宅した真五は立子を責めた。藤木田と坂口がちょうど来合せた時、立子は、実はシナが鷹士を連れていったのだがどういうわけか、何も言えなかったと語った。真五は黙り、坂口と藤木田も複雑な思いで沈黙した。立子は鷹士の父が坂口なのを知っていたし、シナが鷹士を、立子と坂口の姦通で生れた子と思い込んでいるのも知っていた。いずれにしても立子は、鷹士が真...